2021年度公益事業学会賞
『寡占企業と推測的変動』
竹中康治・小林信治(慶應義塾大学出版会、2020年刊)
本書の内容は、そのタイトルが示すように、寡占企業の行動に対するライバル企業の反応の程度を示す推測的変動を、理論的見地から考察したものである。本書の構成は、伝統的かつ基本的な寡占モデルの紹介から始まり、そこから発展させて推測的変動の理論に分け入り、整合的推測変動さらには動学分析の領域まで、その考察を拡大しつつ、実証分析を行う。そして、本書のテーマの一つである静学モデルと動学モデルにおける推定結果の比較をなすために、整合的推測的変動の議論を深堀りし、投資行動に関する動学的推測的変動の議論を行っている。
つぎに、本書の特徴は、産業組織論の分析手法のうち看過されがちであった「推測的変動」を取り上げ、それを深く掘り下げることによって、その分析手法の有用性と経済学的モデルの改善への示唆を与えていることである。寡占企業の特徴は、企業間の相互依存関係にあるが、この問題に言及したテキストは少なく、日本で推測的変動モデルを扱った書物としては、岸井大太郎・鳥居昭夫(編著)『公益事業の規制改革と競争政策』の特に第4章「市場支配力の推計」における推測的変動モデルの実証分析のサーベイが知られていたが、本書はこれを学問的に進展させたと言える。推測的変動を使った実証分析結果において、現実にはそぐわない結果が頻出することがあり、このことを契機に実証分析にあたっての土台となる理論モデルの検討が行われ、推測的変動の実証分析がなされ、理論の有用性が検証される。この構成は基礎から応用、そして実証へと続くものであり、推測的変動の分析上の位置も、わかりやすいと言える。
なお、理論と実証のフィードバックを踏まえながら、寡占市場の特徴である相互依存関係を理論的に論じている本書であるが、実証的な分析の対象となっている産業が軽自動車製造業(第10章)であり、必ずしも公益事業に関する分析とはいえない箇所があることは気になる。もっとも、そこにおいて展開されている内容は、公益事業全般への適用が可能なものと言える。さらに、本書はあまり論じられてこなかった推測的変動を理解するために役立ち、その学問的な貢献は大きいと言えるだけに、そのことについて今後のための要望をさせていただきたい。このような研究書において、実証分析を踏まえ、後に動学モデルの議論の方向性を提示される場合に、読者の理解を助ける誘導が明快にあることが望ましい。このことは、ひとえにこの研究のますますの発展を願っての著者への進言である。
2021年度公益事業奨励賞
該当作なし